やまと絵展が最高すぎたので何を見たのか書きます【東京国立博物館】

10月11日から12月3日まで、東京・上野の東京国立博物館では、「特別展 やまと絵――受け継がれる王朝の美」を開催しています。

黄色い背景に「やまと絵」のタイトルとたくさんの人びとの絵が配置された、「やまと絵展」HPのトップ画面。

「やまと絵展」ホームページのトップ画面。

yamatoe2023.jp

申し訳ありません、正直舐めてました。そう言わざるを得ない。凄まじい展示でした。見ている最中、本当に展示が「永遠にクライマックス」状態なのです。主役級の展示品が無数に出てくる。もう途中でコンビニの割り箸とかを展示して休憩させてください、オタクはもう疲れました、と言いたくなるくらいの情報を浴びました。

今回は絵巻大好き人間のひとりとして、展示を見学しての所感を述べていきたいと思います。

やまと絵展に足を運んだきっかけ

まず、なぜやまと絵展に行こうと思ったのか?

私は大学院で中世史を勉強していて(今はほとんど休憩中ですが)、学芸員資格も一応持っている、博物館が大好きな人間です。

中でも好きなのは中世の絵巻物でした。絵巻の魅力は語っても語り尽くせませんが、ほかの絵画にはなかなか登場しないような社会風俗まで描かれたり、細やかに描き込まれる人びとの動きがユーモラスに映ったりするところが特に好きです。中世の勉強を始めた一番最初の時期に、絵巻の表象を検討した研究に触れたことも印象深い経験としてあります。そういう理由で、都内で絵巻を目玉にした展示があると足を運ぶようにしています。

※最近だとサントリー美術館の「絵巻マニア列伝」は印象鮮烈でしたね……と書こうとして、今開催が2017年だったことに気付きました。時の流れが早すぎる。

www.suntory.co.jp

そして今回のやまと絵展の目玉は、「四大絵巻」と呼ばれる4つの中世絵巻(源氏物語絵巻」「伴大納言絵巻」「信貴山縁起絵巻」「鳥獣戯画:すべて国宝)が、30年ぶりに集合することでした!

これはぜひ見ておかねばなるまい、と思いました。いずれも図録は持っているのと、おそらくどこかで一部を見たことはあるのですが、一度に全て見られる機会というのは、もうそうそう巡ってきません。

この集結は開幕〜10月22日まで。この期間は展示期間の種別でいうと第1期に当たり、展示期間中は全4期それぞれに展示替えが行われます

10月24日から11月5日まで(第2期)は、源頼朝(実際には足利直義像で確定していますが、所蔵元の神護寺の意向でこういう名称になっています/一昔前の教科書には頼朝の肖像画としてよく掲載されていたようです)を含む、「神護寺三像」という巨大な肖像画(国宝)も展示される予定とのことでした。

私は神護寺三像見たさに京都国立博物館の国宝展に足を伸ばしたこともあるくらい、この絵が好きです。またあのデカすぎる肖像画に対面したい!! これは2回行かないといけませんね。

ここまでが私の知っていた事前情報でした。しかしこの後、私は3回目・4回目の見学を真剣に考え始めます。なぜなら展示がものすごかったからです。

中世絵巻が、ありすぎる

↑正直この見出しに尽きます。こんなにいっぺんに中世絵巻を見たら、めちゃくちゃになっちゃうよ。そういう量があります。

展示品リストを見ると、限られたシーズンしか出ない展示品も含めると、全部で245点が出品されることが確認できます。そう言われてもピンとこないかもしれませんが、ブツの多くが大きな屏風絵とか、長ーい絵巻なので、想像以上のボリュームでした。

そして、オタクの「見たい」にかなりの確率で応じている。これが凄まじかったです。

だいたい博物館で絵巻を見ると、「この絵巻があるなら、あれも見たいなあ」という欲が出てくるものです。それが、だいたいある。さすがに全部とは言いません(今回で言うと、新蔵人絵巻などは一緒に見たいと思いましたが、出品されていませんでした)。しかし、たとえば「春日権現験記絵はないのかなあ」と思っていたらあったし、「石山寺縁起絵巻はないのかなあ」と思っていたらあったし、「一遍聖絵は?」と思ったらあったのです。

展示を見ながら「あったらいいな」と思った絵巻がマジで出てくる。それが「一瞬で叶う夢の連続」という感じで、ものすごい体験でした。明日死ぬのかな???という勢いで、欲望が満たされていく感覚がありました。

見どころはたくさんあります。まず驚いたのが、「病草紙」がかなりの数集まっていることでした。

「病草紙」は、病に侵されたものとして扱われる人びとと、その周辺の人びと(ケアしようとする人もいれば、嘲笑っている人もいます:中世において病とは業の結果だからです)を描くものです。扱われている症例も独特で、中世において何が病とみなされていたのかを考える上でも参考になります。元は絵巻でしたが、今では断簡(節目ごとに切り取られた状態)で、サントリー美術館九州国立博物館など、さまざまな博物館に所蔵されています。

これが、1期だけで5点も展示されていました。具体的には、「眼病治療」、「霍乱の女」、「不眠の女」、「屎を吐く男」、「痣のある女」です。

特に印象的だったのは、「不眠の女」です。自分が不眠に悩まされている人間であることも影響しているのですが、この絵では夜半にひとり起きるしかなくなっている女性の表象とともに、同じ布団で眠る女性たちの姿も描かれているのです。

中世だと、身分の高い女性は側仕えの女性と一緒に眠ることが多々あったようですから、この絵もその延長線上で見ることができます。一方で、女性同士が同じ枕を使って眠る姿には、思わずクィアリーディングしたくなるような誘惑もあり、「見られてよかった」と思った作品のひとつになりました。

なお、後半では男性の格好をしたペニスとヴァギナを両方持つ人物が描かれた「ふたなり」(※現在では不適切な語彙ですが、絵画の名称として固定されているので、ここではそのまま表記します/出品目録にも「作品名称のなかには現代用語として適切ではない表記もございますが、文化財登録名称のためそのまま使用しております」の表記あり)も展示されます。インターセックス的な体のあり方が中世においていかに疎外されてきたかを考える貴重な史料です。これは見にいきたい。

そして、「知らない絵巻」に出会えたことも大きな魅力でした。今回出ている中で気になったのは、「馬医草紙」という、馬の病の治療法について描いた絵巻です。どうやら断簡のようですが、馬への医療行為に関する絵巻が存在したとは知らず、興味深く見学しました。

他にも屁こき芸で大金持ちになった隣人を妬んだ人が真似をしようとして大失敗する「福富草紙」、「庭に人間の生首を絶やすな」でおなじみ(?)の「男衾三郎絵巻」(※私が行ったときに展示されていたのは当該シーンではありませんでした)など、絵巻ファンならよだれの止まらなくなる作品がガッツリ見られました。

国宝が、ありすぎる

これもまたすごい話。

アナキスト的には「国宝」という国家に承認されて価値を持つようなランクづけに対して「帰ってくれないか」みたいな気持ちが明確にあるんですが(もっと文化財保護に万遍なく・躊躇なく金を出せという怒りも含む)、博物館のオタクとしては、なかなか無視できない部分があります。

それは法律です。

国宝は法律上、年に2回以内、年間60日以下しか展示できないことになっています。「この国宝はみんなに見て欲しいから、何ヶ月も展示しよう」「何回も展示しよう」みたいな暴挙は(そもそも保存のことを考えずに展示する学芸員さんはいないと思いますが)、法的にブロックされているということです。

つまり国宝は、狙ってタイミングよく見に行かないと、なかなか見に行けないということになります。また、「まとめて見る」ことも難しいのです。

ところがどっこい……「やまと絵展」は……245点中53点が国宝です。これはパーセンテージに直すと、約21%、5点に1点は国宝だということです。

ほかの展示がどういう割合で国宝を展示しているかまでは調べたことがないのでわかりませんが、この数字を見ると、やまと絵展ではかなり集中的に国宝を見ることができる、というのがわかると思います。

もちろん時期によって展示品が違うので、実際に見られる数はもっと少ないのですが。

しかしながら、これが前近代美術に触れる最高の機会のうちの一つであることは、まず間違いないでしょう。

グッズが、ありすぎる

そしてもちろん、博物館ファンとして見逃せないのがミュージアムグッズです。

今回のやまと絵展でも、いくつか事前に話題になっていたグッズがありました。

開くと1メートルを超える「絵巻抱き枕」や、

信貴山縁起絵巻に登場する米俵のクッションなどです。(信貴山縁起絵巻には、命蓮という僧侶が小さなお椀を操って大量の米俵を移動させる、という奇跡が描かれています。はっきり言って見た目からはすぐに文脈に辿り着けない、たいへんハイコンテクストなグッズです)

これ以外にも、グッズの定番である絵はがき、全くクリアではないクリアファイル、マスキングテープ、米俵マークつきのお名前スタンプ(これも本当に文脈がわからないと意味不明)、百鬼夜行絵巻の妖怪がデザインされたお誕生日アクキー、トレーディングマグネット、百鬼夜行絵巻に出てくるなんかよくわからない赤い妖怪のぬいぐるみなど、多種多様なアイテムが売られていました。なぜ作ったのかよくわからないものが多いですが、多くのミュージアムグッズはなぜ作ったのかよくわからないところに魅力があるので、これは最高です。

ちなみに図録は3300円。ボリュームからすると相当お得に感じます。すべての会期の出品作品が掲載されているので、グッズに関心がない人や遠方の人は図録のみ押さえておくのもありです。

結論:また行きたい すぐ行きたい

やまと絵展は総じてボリューミーで、小学生が体験する結婚式のコース料理くらい長いです。情報量も多いので、体力と気力が必要になります。現在展示は土日祝のみ予約必須の時間制です。ぎゅうぎゅうというほどではありませんが、休日はそれなりに混雑します。混雑込み、流し見せざるを得なかった部分も込みで、私は全て鑑賞するのに2時間かかりました。これはそれなりのハードルだと思います。また、鑑賞料も成人で2100円と、安くはありません。

それでもまた行きたいと強く思わせられる、鮮烈な鑑賞体験が得られました。私好みの展示品だらけで、終わったあと「全身が中世になった……」と感じたくらいでした。とにかく面白く、楽しかったです。

これから展示替えが3度行われ、また少しずつ違った展示が見られるようになります。今後もそれなりの混雑が予想されますが(なんたって神護寺三像が東京に来るんですからね)、また気合いで見にいきたいと思っています! みなさんもぜひ!!

 

余談

11月19日まで、滋賀県大津市歴史博物館では、「近江堅田 本福寺」展という展示が行われています。

https://www.rekihaku.otsu.shiga.jp/news/2308.html

堅田は中世の琵琶湖で漁業権を握ってブイブイ言わせていた湖畔の集落で、本福寺にはその集落の歴史が刻まれています。

私はもともと修論を滋賀の葛川という集落で書いたので、堅田の展示と聞いて「何それ最高! 見にいきたい!」と思ったのですが、交通費が全く調達できず、「見に行けない……」としょんぼりしていました。

その後大津市歴史博物館学芸員のTさんが偶然『布団の中から蜂起せよ』をご存知だったことから、図録をご厚意でご恵贈いただくことになり、歓喜していたのですが……今回のやまと絵展でまた違う「堅田ラッキー」(堅田ラッキーって何?)がありました。

なんと土佐光茂の筆と伝えられる、中世堅田の集落の様子を描いた「堅田図屏風」が展示されていたのです!

思わずじっくりまじまじ見てしまいました。湖畔に立ち並ぶ家々は、見ているだけで当時の賑わいを感じさせます。

さらに2期〜4期にかけては、また別の「堅田」(同じく伝土佐光茂筆)も出品されるとのことです。こちらも見たい!

それにしても、今回の堅田図の出品は、大津の展示を意識したものだったのでしょうか?

私と同じく大津への旅費を工面できずに歯噛みしている人へ、東京でも少しばかり堅田の空気が嗅げますよ、というお知らせでした。

 

余談の余談

10月22日で伴大納言絵巻はひと足早く展示が終わってしまいます。

しかしながら、東博ミュージアムショップ(注:本館のほうです! やまと絵展が行われている平成館ではありません)では、こんな薄い図録が売られています。
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伴大納言絵巻オンリーの、全編を解説した手軽な冊子です!

たった510円で、伴大納言絵巻の全貌を見ることができます。

展示で見逃したという方はぜひこちらを入手してみてください。それ以外にも、本館のミュージアムショップでは列島じゅうの展覧会図録が売られています。ぜひチェックしてみてね!